西仏坊

更新日:2017年11月30日

石臼づくりの里・曲谷(まがたに)

 米原市の姉川上流の地域を東草野といいます。その東草野のうち、曲谷(まがたに)ではかつて盛んに行われていた「石臼づくり」のあとをみることができます。

 集落の中を歩くと、加工に失敗した石臼が花壇や階段などとして使われている風景をみることができます。集落の中ほどにある円楽寺では、曲谷に石工の技術を伝えた西仏坊(さいふつぼう)の石像が安置され、石臼作りの起源を伝える記念物になっています。

 西仏坊は木曽義仲の家臣であったという伝承があります。平安時代末期の源平の戦いの時、木曽義仲は源頼朝との戦いのすえ敗北します。西仏坊は、追手から逃れる際に曲谷を通過します。この時に、集落の人に石工(いしく)の技術を伝えたと言われています。

曲谷の石工たちは、石臼づくりのほかにも腕をふるっていたことが他地域の石造物から分ります。伊吹山周辺に限らず、近江や美濃を対象に出張による製作をおこなっていたことが資料から読み取れます。石灯籠や手水鉢などの銘文には必ず「曲谷村」の文字を入れ、また姓として木曽を名乗っており、曲谷石工の誇りを感じることができます。

 集落内で今も伝承される木曽義仲家臣の西仏坊が、石工の起源伝承として大切にされていたことを物語っていることから、文化遺産と伝承との関係を知る貴重な事例であるといえます。

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